こんにちは、清瀬いんどうの田中です(^.^)
今は歯が痛くなると歯科医院で治療をしますが、
歯科医院がなかった昔はどのように治療していたのでしょうか?💭
今回は、昔の歯科事情についてお話します🙋🏻♀️✨
【縄文~弥生時代】
縄文時代は、虫歯でない健康な歯を抜歯したり、削る風習があり、
中でも上下の歯を抜くことが多かったようです🦷
その目的は諸説ありますが、痛みに耐えて大人になるためや
婚姻・成人などの通過儀礼、肉親の死を迎えた際などに歯を抜いていました❕
また、縄文時代の虫歯率は8.2%であったという報告があり、
弥生時代では16.2%~19.7%と縄文時代の倍に増えています😓
弥生時代の人たちは農耕民族で炭水化物(糖質)を
多く食べるようになったことからむし歯が増えたと考えられていますが、
この頃は現代のような歯科治療技術がなかったため、
治療法としては抜歯、または石器で歯を削るしかなかったようです😱
【奈良~鎌倉時代】
奈良時代には耳・口・目とまとめて一つの診療科として
医師が治療を行っていました❣️
そして平安時代になると「口中医」が誕生🎉
口中医は、公家・武家など上流階級を対象に、お口の中全体が守備範囲で、
歯・歯肉・舌・喉などの治療をしていました(*^-^*)🌟
しかし治療の対象は上級階流に限られていたため、庶民への治療は行われず…💦
この時代の歯科治療もまだ抜歯が中心だったようです😣
もちろんこの頃は歯科麻酔もない時代なので、
痛みに耐えながら抜歯していたと想像するとゾッとしますよね😱😭
次回は「江戸時代」と「明治時代」についてお話します💡💪🏻
NEXT▷▶▷昔の歯科事情~後編~
Instagram📱Twitter @kiyose_indo
https://www.instagram.com/kiyose_indo/